この記事の目次
日本でのワーキングプアの実態
ワーキングプアとは
「ワーキングプア」とは具体的にはどのような人を指すのでしょうか。その定義はいくつか研究されているものの、明確に定まったものはありません。
一般的には「年収200万円以下」がワーキングプアであると言われていますが、この基準では世帯人数や生活費の違いが考慮されていないため実態を正確に反映しているとは言えません。特に生活費は、地域によって差があるため一律に算定することができないのです。
山形大学人文学部の戸室健作教授は、政府の統計調査を使って都道府県別の貧困率「ワーキングプア率」を明らかにしました。彼は、ワーキングプアとワーキングプア率を次のように定義しています。
- ワーキングプア:被雇用者(役員を除く)のうち、賃金収入が最低生活費以下の労働者
- ワーキングプア率:主な収入が「賃金・給与」、「事業収入(農業収入を含む)」、「内職」の世帯を勤労世帯とし、そのうち世帯収入が最低生活費以下の世帯の割合
なお、1人世帯の場合での最低生活費(年額:2012年時点)は、最も低い秋田県で955,415円、逆に最も高い神奈川県で1,455,507円で、その差はおよそ50万円にもなりました。この最低生活費に満たない労働者を、ワーキングプアと呼ぶのです。
ワーキングプアの実態
では、ワーキングプアはどのくらいいるのでしょうか。
戸室教授によると、1992年から2012年までのワーキングプア率は、
1992年:4.0%
↓
1997年:4.2%
↓
2002年:6.9%
↓
2007年:6.7%
↓
2012年:9.7%
と推移しています。2012年には働いている人がいる世帯のうち10分の1近くがワーキングプアという結果になりました。この20年の間にその数は大幅に増えていることがわかります。特に、1997年から2002年の間と、2007年から2012年の間に急激に増えています。
この2つの時期に急激な増加が進んだ要因としては、次のことが考えられます。
まず1つ目の1997年から2002年にかけては、構造改革に伴って労働環境が激変しました。政府・企業の主導によって労働市場の規制緩和や自由化が進められ、日本型のいわゆる終身雇用が急速に減少し、パートや契約社員といった非正規雇用が急増した時期にあたります。
2つ目の2007年から2012年にかけては、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災と大きなできごとが相次ぎ、職を失う人が大量に出ました。これらの結果、正規の雇用が減り非正規の雇用が大幅に増加して収入の格差が拡大していきました。
また都道府県別では、2012年のワーキングプア率が最も高かったのが沖縄県で、25.9%と突出しています。これは、4世帯に1世帯がワーキングプア世帯という結果です。次いで大阪府(14.2%)、京都府(13.9%)という順になります。
反対にワーキングプア率が低いのは、富山県(4.5%)、福井県(4.9%)、茨城県(6.2%)という順でした。このようにワーキングプアにも地域格差があり、地方だからといって多いというわけではありません。
高学歴も官僚も関係ない?広がり続けるワーキングプアの波
ワーキングプアに陥る人は増え続けています。これまでワーキングプアとは無縁と思われていた大卒以上の高学歴の人材や、安定しているといわれている公務員も例外ではありません。
高学歴ワーキングプア
「大学以上の高学歴は就職において有利である」と長く言われてきました。日本は大学の新卒を重んじる雰囲気があるので、大卒と同時に就職する場合は良いかも知れません。しかし、新卒時に就職できなかったり、さらに高い学歴である大学院卒となった場合には一層就職するのが難しくなります。
また、弁護士や税理士などの難関とされる国家資格を有しているのにワーキングプアに陥ってしまう人もいます。特に弁護士は、法科大学院が多数設置されたこともあり多くの弁護士が誕生しました。しかし、弁護士としてやっていける人はわずかであり、高い費用と多くの時間をかけて資格を取得したにも関わらずその能力を活かすことができないケースが多いのです。
公務員定数削減と非常勤職員増加問題
安定した職業の代表とされる公務員においてもワーキングプアが増えています。その背景にあるのは地方自治体の財政難とそれに伴う行政改革です。これにより、地方公務員の数は1994年をピークに減少し続けています。
公務員が担うべき公共サービスの対象はむしろ拡大しており、人手が必要とされています。しかし、正規職員数が減ると同時に業務量が増えているため、増加しているのが非正規職員の採用と民間委託です。
その結果、仕事内容は正規も非正規も変わらないのに収入や保障などの待遇が大きく異なるという問題が生じています。非正規職員が特に多いのは、事務職、保育士・幼稚園教諭、学校用務員、学校給食関係職員、看護師・保健師等です。
また、非正規職員は多くの場合に任期の上限があり、本人に能力や意欲があっても契約期間の満了とともに退職せざるを得ず、生活が不安定となってしまいます。
貧困の固定化
増え続けるワーキングプアは、貧困の連鎖と固定化という新たな問題を生じつつあります。ワーキングプア世帯の子どもは費用がかかる高校や高等教育機関へ進学できず、低学歴のまま就職することになります。
そうすると、高い収入は望めず貧困が親から子へと連鎖することになります。そしてそこから脱することはますます難しくなり、貧困が世代を超えて固定化してしまいます。
また、働く世代が貧困化すると子どもや高齢者にもその影響が及びます。それがやがて、社会保障の費用増大や経済の停滞を引き起こし、国の活力を低下させてしまうおそれもあります。ワーキングプアの問題は、いま貧困に直面していない人々にも関わる大きな問題とも言えるでしょう。
ワーキングプアから抜け出すための対策
ワーキングプアに陥ってしまう大きな要因として挙げられるのが、給与や勤務形態などの「雇用面の問題」、そして介護や子育てなどのために短時間しか働けないという「家庭面の問題」です。この2つの要因について、ワーキングプアから抜け出すための対策を整理します。
雇用環境の改善
a.最低賃金の見直し
都道府県ごとに「最低賃金」が定められています。しかし、この最低賃金は最低生活費を下回っています。2015年時点で最低賃金が最も高い富山県でも、最低生活費の約9割にとどまっています。最低賃金の収入では生活を維持するのが困難なのです。
ワーキングプア率の高い沖縄県、大阪府、京都府では、いずれも最低賃金が最低生活費の7割台となっています。この最低賃金が最低生活費を上回るように見直す必要があるでしょう。
b.職業訓練の拡充
求人はあっても、自分のスキルに見合った職がなかなか見つからない。これは、職を求める人と採用する企業の双方の悩みです。現在の労働市場におけるニーズに合った人材を育成する職業訓練の機会を提供し、拡充する必要があります。
c.勤務形態の多様化
どこからでもインターネットに接続できる環境が整備されたことや、パソコン・スマートフォン等のIT機器が高性能化したことにより、オフィスワークはどこでもできるようになりました。これに伴い在宅勤務等の社外での勤務、いわゆるテレワークが広がりつつあります。
特に、子育てや介護中の人は短時間勤務や在宅勤務などの柔軟な勤務形態を望んでいます。多様な勤務形態を導入することで働き方の自由度を上げる必要があります。
d.正規雇用の拡大
正規と非正規の賃金格差が拡大したことから、政府が正規従業員への転換を打ち出したことが背景にあります。法律の改正により、2018年からは通算5年を超えた有期契約労働者が、希望すれば無期契約に転換できる制度がスタートします。これと歩調を合わせるように、大手企業を中心に非正規従業員の正規化が相次いで打ち出されています。正規雇用化を一層促進する必要があるでしょう。
介護・子育て環境の改善
介護・子育てサービス提供拠点の拡充
家庭内に介護や子育ての必要がある場合、働きたいという意志があっても就労の機会は限られます。このような人たちが働くためには、介護や子育てサービスを提供する拠点(介護施設、保育園等)を拡充する必要があります。
特に保育園については都市圏を中心に保育園に入れない、いわゆる「待機児童」が多くいるため、施設の拡充が必要です。
介護・子育てサービス提供時間帯の改善
介護・子育てサービスが提供されていても、その時間が短いために働く時間を短縮せざるを得ない場合があります。特に、早朝・夜間・土日祝日のサービス提供が必要になってくるでしょう。
最先端技術の活用
介護や子育てサービスも多くの人手に頼っていますが、専門的な技能が必要であるにも関わらず給与が低いため、人手が確保しづらい状況にあります。サービス提供施設での人手不足を補い、労働環境を改善するために、情報通信技術や人工知能(AI)といった最先端技術を活用していくことも必要です。
ワーキングプアを減らすための対策は、ワーキングプアに陥っている人が自立して生活できるように、働く機会を増やしたり賃金の水準を引き上げること、そして家庭が担っている介護や子育てのサポートといった安心して働ける環境を整えることが重要です。そのためには、行政や企業、地域社会が協力して取り組んでいく必要があるのです。