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津軽塗の歴史
青森県で初の重要無形文化財に指定
津軽塗は、青森県津軽地方で作られる漆器の総称で、江戸時代中期に生まれた歴史と伝統のある漆器です。「津軽塗」という名称は、1873年のウィーン万国博覧会に漆器を展示するにあたり産地を明らかにするために名付けられたと言われています。
1975年、青森県で初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定された津軽塗は、国内外で高い評価を受けています。そして、2017年には青森県で初の重要無形文化財にも指定されました。
明治初頭には青森県の助成を受けて成長
津軽塗の歴史は江戸中期(1600年代~1700年代初頭の元禄年間)にさかのぼります。津軽四代藩主信政の時代、藩の産業や文化を保護・奨励して発達させるため、全国からさまざまな技術者が招かれました。その技術者の一人が福井の塗師、池田源兵衛です。
池田源兵衛は塗師としての技術向上に励む修行の道半ばで亡くなりましたが、息子の源太郎が父の志を受けて技術を習得し、現代へと続く津軽塗の手法を生み出したのです。
源太郎が生み出した塗りは、塗っては研ぎの工程を何度も繰り返す大変手間がかかる独自の技法でしたが、独特の美しさが人気となり、津軽藩においてその技法が奨励されたことから発展しました。
当初は腰刀の鞘を彩るために作られていた漆器でしたが、次第に重箱や砥箱などの調度品においても津軽塗が取り入れられていきます。
明治初頭には青森県が助成を始めたことで、長年積み重ねてきた伝統技術を土台に津軽塗の産業化が進みました。
そして、1873年にウィーン万国博覧会で賞を受けたことから、青森県の漆器は「津軽塗」として国内外に広く知れわたるようになり、現代に至ります。
津軽塗の代表作・県重宝作品
八角五段重箱 お祝い
蓋と各段の各側面に異なる塗を施した重箱で、独自性にあふれた変わり塗の魅力を伝え、技法を再現する技術が見事に表現された作品です。
津軽塗五段重箱及び弁当箱2点
江戸時代末期の漆器職人、加藤栄作による作品です。
江戸時代後期の津軽の漆工技法と変わり塗りの技法を知る手がかりとなる典型的な作品として、指定文化財になっています。五段重箱には22種類もの塗技法が駆使されており、弁当箱には10種類の変わり塗が使用されています。
津軽塗の特徴
漆を幾度となく塗り重ねる「津軽の馬鹿塗り」
津軽塗の特徴は、漆を数十回にもわたって何度も塗り重ねては研ぎ出して模様を表す「研ぎ出し変わり塗り」という技法です。この工程により複雑で美しい漆模様が浮かび上がり、同時に堅牢に仕上がります。大変な手間と時間がかかる作業をひたすらこなすことから「津軽の馬鹿塗り」とも言われるほどです。
後述の唐絵塗やななこ塗りなどが津軽塗の特徴的な伝統の塗りの技法になり、実用的で丈夫なことや優美な外見も津軽塗の魅力です。
使用される材料
津軽塗の素地に使用される木材が青森ひばです。青森ひばは、80%が青森県で植生している日本固有の針葉樹の品種で、日本三大美林(青森ひば、木曾ひのき、秋田すぎ)の一つです。
青森ひばは、北国の厳しい冬の風雪に耐えながら通常の樹木に比べて3倍の時間をかけてゆっくり成長するため、強固で歪みがなく緻密で木目がきめ細かく美しい高級木材と言われています。
また、水に強く腐りにくい(抗菌力がある)性質を持ち、シロアリを寄せ付けないことでも知られています。これは、青森ひばの油に「ヒノキチオール」という成分が含まれているからで、このヒノキチオールは日本のヒノキの中で青森ひばに特に多く存在しています。
津軽塗の制作工程
津軽塗にはさまざまな塗模様がありますが、なかでも唐絵塗をはじめとした一部は50回以上の工程を経て制作されています。主な工程は以下のとおりです。
- 手順1下地を作る漆を塗るための素地を作る工程。漆器の材料となる木の面を整えて本堅地(ほんかたじ)と呼ばれる素地を作ります。これは、生漆を塗ったり米のりなどを塗ったりして作ります。
- 手順2模様を描く後述の塗模様によって工程は異なります。
- 手順3上塗り仕上げ面が滑らかになるように上塗り漆を塗って仕上げる工程。ほこりが付いた際には節あげの作業で取り除きます。
津軽塗の塗模様
津軽塗は、江戸中期に職人によってさまざまな工夫を凝らした塗り方が考案されました。なかでも、以下の4つの塗模様が伝統技法として受け継がれています。
唐絵
唐とは「珍しく優れたもの」という意味で、津軽塗の代表的な技法として最も生産量が多い塗りです。穴の開いた特殊なヘラを使用して凹凸のある模様を付けていく技法で、漆を塗っては乾かして研ぐ、という工程を繰り返し数十回、長いものでは半年ほどかけて行います。
研ぎ出された模様に摺り重ねて艶を付けて仕上げたものは、大変な手間と時間をかけた技法で同じ模様は存在しないと言われています。
ななこ塗り
上品な仕上がりが美しいななこ塗り(七々子塗)は、繊細な技が浮かび上がった高級感のある塗りです。ななことは津軽弁で「魚の卵」という意味で、丸い模様が魚の卵が集まる様子に見えることからこう呼ばれています。
この模様は、下地の上に彩塗を塗って、生乾きの間に菜種の実を埋め込みながら小さな輪紋を作ります。江戸小紋を彷彿とさせる愛らしい模様です。
錦塗
きらびやかな錦を表した塗り。ななこ塗りの上に黒漆を使って模様を付けることが特徴で、豪華絢爛で価値の高い塗りです。菜種の実を使用した模様を施したななこ塗りの地の上に、黒漆を使用して錦の文様をあしらって作られます。
文様と図柄と色使いに決まりがあり、錦を演出する「唐草」や、卍(まんじ)の形をくずして連続させる「紗綾」などを描きます。
ななこ塗りの工程を経た後、さらに模様を付けるため大変時間がかかり、また、漆で描ける技量が問われる技法のため、塗り上げられる職人が少なく希少価値が高いと言われています。
紋紗塗(もんしゃぬり)
津軽地方で「紗」はもみ殻を意味します。この塗の特徴は、黒漆と炭を使って光沢の有無を使い分けながら黒い模様を付ける点で、津軽塗独特の技法で渋みがあり印象的な塗りです。
下地の上に黒い漆で模様を筆描きして乾いた後にもみ殻の炭粉をまいて、研ぎ石や炭で黒漆模様を研ぎ出します。堅牢で渋さを兼ね備えた漆黒の迫力が津軽塗ならではの塗りです。
津軽塗の魅力あふれる商品
AGITOと津軽塗のコラボ「津軽モダン」
「国内外の洗練されたブランドを通して豊かなライフスタイルを提案する」をコンセプトにした、東京六本木のAGITOと青森県の津軽塗がコラボレーションした商品です。
伝統技法の和の津軽塗を、洋を主体とした現代のライフスタイルに調和させるという新しい津軽塗を提案する「津軽モダン」の一つのモダン静寂(しじま)は、研ぎ出しの津軽塗で、夜明けの白神山地の心象風景を表現した塗の技法です。
女性をターゲットにした新製品「津軽うるおい椀」
「津軽うるおい碗」は、身近に漆器を楽しんでもらいたいという思いで開発された商品。
カジュアルな漆器として、日々の生活に潤いを感じさせる素朴なデザインと優しい手触りが特徴です。しっとりとした艶、持ちやすさ、気軽に使えるなど顧客のニーズから生まれました。
津軽塗と西陣織のコラボ商品「陣(JIN)」
陣は、高級絹織物として知られる京都の西陣織と津軽塗がコラボレーションしてできた高級杖。本体部分とストラップ部分は西陣織を巻き付けて作成し、グリップ部分に津軽塗の技術が施工してあります。
デザイン・材質・性能が全て一級品の「持ちたくなる杖」をコンセプトに、日本の伝統技術を駆使してデザインされた逸品です。
「馬鹿丁寧」と言われるほど、塗っては磨きを何度も繰り返して大変な手間をかけて作り出される津軽塗。長年にわたり受け継がれてきた伝統の技法が生み出す津軽塗の美しい艶と独特の模様、堅牢な作りは、今後もファンを魅了し続けることでしょう。