歴史ある日本の伝統工芸漆の塗り方の種類と基本は?|漆器の有名ブランドも解説

漆の塗り方の種類と基本は?|漆器の有名ブランドも解説

漆を塗り重ねて作られる伝統的な工芸品の漆器は、古くから日用品としてもよく使われています。年々利用する家庭が減少していますが、使ってみるとその魅力はひと味違います。そこで今回は、漆の塗り方の種類や基本の工程、さらには、漆器の有名ブランドまで一挙に紹介していきます。

漆器とは

漆器とは

漆器とは、木材や紙・竹・金属といった素材に漆を塗り重ねて作られる工芸品のことを指します。漆による美しい艶が特徴的で、拭き漆塗り・木地呂漆塗り・朱色漆塗りなどさまざまな技法により作られます。まずはすべての基本となる漆について紹介しましょう。

漆とは

漆は、ウルシ科ウルシ属の落葉高木であるウルシの木から作られるものです。

元々は日本国内で生産されていましたが、国産に比べると質は劣るものの安い人件費で大量に作れることから今では市場の9割以上が中国からの輸入品で占められています。しかしそれでも、神社と仏様の修復には今でも国産の良質な漆が使われています。

では、ウルシの木からどのように漆が作られるのでしょうか。

ウルシの木の表面を傷つけて樹液を取り出す

まず、ウルシの木の表面を傷つけることで白い乳液のような樹液が出てきます。次に、木の皮などの不純物をろ過することで取り除きます。こうしてできたものが「生漆(きうるし)」になります。

これが一般的に漆の元になるものですが、生育後10年ほどのウルシの木から平均して200gほどしか採取することができません。

精製工程を経てさまざまな種類に

木地に塗る精製漆は、「なやし」や「くろめ」といった精製工程を経て作られます。

  • 木地:漆を塗る前の木材でできた器物
  • なやし:生漆を摺り込んで撹拌(かくはん)し、漆を均一にする作業
  • くろめ:太陽光や遠赤外線を利用して漆を脱水させ、粘り気を出す作業
生漆は一般的にあまり用いられない
精製漆ではなく生漆の状態のまま木地に摺り込む技法として「摺り漆(すりうるし)」や「拭き漆(ふきうるし)」といったものもありますが、基本的には塗料には向いていません。

精製工程によってできる精製漆は、大きく「透漆」「黒漆」「彩漆」の3つに分けられます。

  • 透漆(すきうるし):なやし・くろめを行い、透明度を高くした状態の漆
  • 黒漆(くろうるし):透漆に鉄粉を加えることで酸化反応を起こし、黒くした状態の漆
  • 彩漆(いろうるし):透漆に顔料を混ぜて色を付けた漆。江戸時代には硫化水銀を用いた天然顔料で作られていたため、あまり色に種類がなかったが、化学変化によって生まれるレーキ顔料が使用されてからは格段にバラエティーに富むようになった

 

漆の塗り方

漆の塗り方

漆の塗り方には下地・下塗・中塗・上塗といった色々な工程があり、これを経て漆器は深い味わいを増すようになります。なかには下地をせずにそのまま塗りはじめる方法や、上塗が終わった後もさらに塗り工程を繰り返す方法もあります。

漆の塗り方にもさまざまな技法が存在しているのです。

下地

材料となる木を器の形に整えて、すぐ壊れてしまわないように補強していく工程のことです。この工程の良し悪しがその後の塗りで漆が馴染んでいくかを決めます。漆器を長く美しく使っていくためには欠かせません。

なかには、焼いた粘土を砕いた地の粉と生漆を混ぜて器の中に塗り込み、乾いたら研ぎ、再度塗り込む。という工程を何度か重ねて、より強固な漆器にする手法もあります。

これは「本堅地(ほんかたじ)」と呼ばれ、輪島塗にも使われています。

地の粉
焼いた粘土などを砕いて粉々にしたもの
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下塗(したぬり)

下地が完了した器に漆を塗りこむ工程です。作りたい漆器の色が黒の場合は黒漆を、それ以外の場合には透漆を使います。その後、一度塗った漆を乾燥させ、表面が平らになるように炭を使って水研ぎをします。

漆は、水分が蒸発して乾燥するわけではなく、空気中の水分を取り込むことで乾燥し固くなります。

中塗(なかぬり)

漆の塗りムラをなくすために、下塗と同じ工程を繰り返します。

上塗(うわぬり)

この塗りが、漆器の艶と美しさを決めます。ゴミやほこりが付いてしまわないように細心の注意をはらって塗ることが大事です。万が一付いてしまった場合は、先の尖った竹などできれいに取り除きます。乾燥させる際にも一定の間隔で回転させることで、漆の表面にムラが出ないように仕上がります。

 

漆の塗り方の種類

塗立(ぬりたて)・花塗(はなぬり)・真塗(しんぬり)

これらはすべて同じ技法を指しており、上塗の際に塗り立て漆を使用して仕上げる方法のことです。上塗がされた木地の肌が比較的活かされる形となります。

例えば、先ほど下地の見出しで説明した輪島塗の場合、一般的にはこの塗立あるいは後述する呂色塗が用いられます。

しかし、この塗立は非常に高い技術と集中力を要します。なぜなら呂色塗のように研磨を行わないため、漆を塗り終わって乾いたと同時にこの工程の完了となるからです。つまり、塗りムラやホコリの混入など、どんなに小さなミスも許されないのです。

そのため、製作現場では部屋の清掃や服装に気を配るだけでなく、当日の気温や湿度から判断して最適な漆の塗り方となるように細かな調整が行われます。まさに職人技の言葉がふさわしい作業ですね。

塗り立て漆
上塗りの際に使用する漆で、油分を含んでいることから研磨しなくても光沢を放つという特徴があり、さらに、使い続けるにしたがって光沢が増し、漆の奥深い味わいがさらに引き立ちます。

拭き漆(ふきうるし)・摺漆(すりうるし)

生漆の状態で、そのまま木地に摺り込む方法です。これを4回~5回繰り返すことで、美しい艶と「木目」本来の趣を感じられる漆器に仕上がります。

呂色塗(ろいろぬり)

上塗りが終わった後に生漆の摺り込みと研磨を交互に繰り返すことで、鏡のような深い光沢を出す方法です。

この呂色塗の研磨には多くの手間がかかるので、日用品にはあまり用いられず、後述する蒔絵といった加飾をする高価な製品の場合に行われる傾向があります。

木地呂塗(きじろぬり)

呂色塗りと方法は一緒ですが、塗り工程で使用する漆をすべて透漆で行います。そうすることで、木目の美しさを際立たせる漆器に仕上がります。拭き漆と比べるとうっすらと木目が見える程度ですが、使い込んでいくうちにはっきりと見えるようになります。

溜塗(ためぬり)

下塗・中塗で朱や黄などの彩漆を塗り、上塗で透漆を塗る方法です。最後に透漆を塗ることにより、色に奥行きが出て上品な仕上がりになります。

布摺り(ぬのずり)、布目塗(ぬのめぬり)

木地に布をかぶせ、その上から直接漆を塗っていく方法です。使う布によってさまざまな布目の模様が浮かび上がります。

 

漆塗りを引き立てる加飾

加飾とは、金粉などを用いてさまざまな装飾を施すことです。これによって、漆器をさらに美しい作品に仕上げることができます。

蒔絵(まきえ)

漆を使って漆器の表面に文様や絵を描き、乾かないうちに金粉や銀粉などを蒔くことで加飾する方法です。

螺鈿(らでん)

螺鈿とは、光沢を帯びたきれいな貝殻を細かく削り、漆を使い文様にあわせて貼り付けたり埋め込んだりして加飾する方法です。

彫漆(ちょうしつ)

彩漆を何度も何度も塗り重ね、彫刻することで文様を作り出す方法です。例えば、白漆・朱漆・黄漆を順番に塗り重ねたとします。その後、使いたい色層によって彫る深さを変えることで、埋もれていた彩漆が現れて豊かな色合いを生じさせるのです。

 

漆器の有名ブランド

漆器の有名ブランド

最後に、漆器の有名ブランドとして「日本の四大漆器」とも言われる4つを紹介したいと思います。

越前漆器(福井県鯖江市)

越前漆器は、福井県鯖江市で作られている伝統工芸品です。漆を何度も塗り重ねることで、落ち着いた光沢と上品な華やかさが生み出されます。

また、本堅地を使わなくても堅牢な下地を維持することができる技術と安価な合成樹脂の活用で、一般家庭のお財布にやさしい漆器としても愛され続けています。外食産業用漆器のシェア率は80%以上を誇ります。

越前漆器の歴史は、6世紀ごろから始まったと伝えられています。

片山集落(現在の福井県鯖江市片山町)の職人が当時の天皇である継体大王に壊れたかんむりの修理を命じられた際、漆を用いて修理を行ったうえでさらに黒塗りのお椀も一緒に献上。それをとても気に入った天皇は、片山集落での漆器作りを継承させていったのです。

紀州漆器(和歌山県海南市)

紀州漆器は日常生活で気軽に使えるように、シンプルなデザインとなっているのが特徴的です。漆器を作る際の工程を簡略化し、良質な素材にはあまりこだわらず一定の品質を保って大量生産が行われています。

プラスチック材料や合成塗料にいち早く着目し、伝統的な漆器から脱却することで大成功を収め、昭和53年には通産省から伝統工芸品の指定を受けて和歌山県を代表とする伝統品となったものの、中国製や東南アジア製の廉価品の台頭により生産量は減少傾向にあります。

紀州漆器まつり
海南市黒江で毎年11月の第1土・日曜日に開催され、大漆器市や紀州伝統漆器展・漆器蒔絵体験など大人も子どもも楽しめる催しが行われ、全国から多くの観光客が訪れている

会津漆器(福島県会津地方)

会津漆器は、さまざまな技法によって作られていることで有名で、木地作成・漆塗り・加飾の工程が、それぞれ専門の職人による分業で行われています。

戊辰戦争での壊滅的なダメージを受けて一度は衰退してしまいましたが、政府の援助により明治以降には再び日本有数の漆器として復活を遂げました。

伝統産業である会津漆器を後世に伝えていくためには、後継者を育成することが必須です。会津若松市は、伝統技術を身につけさせるために技術後継者訓練校を設けて積極的に育成支援を行っていることもあり、会津漆器の職人を目指してほかの都道府県から移り住んで勉強する人も増えてきています。

山中漆器(石川県加賀市)

山中漆器は、加賀市山中温泉の上流にある「真砂」という集落に木地師の集団が移住したことから生まれたと言われています。全国一の木地生産高を誇る山中町の伝統品としても有名で、木目の美しさを表現するために拭き漆で仕上げられた一品は美しい見た目と丈夫さを併せ持っています。

また、下地・塗り・蒔絵のほとんどが手作りで行われているため、木地の作成から完成までに1年以上の長い年月を要するものもあります。

山中漆器は漆器生産量が全国一位で、1994年には、木地師の川北良造(かわきたりょうぞう)が木工芸では日本で5番目の人間国宝として選ばれました。

日本有数の漆器「山中漆器」が挑む石川ブランド製品再興への道 山中漆器(山中塗)の特徴|輪島塗との違いってなに?

 

日本人の生活様式が変わったことで、漆器を使う家庭は減少の一途をたどっています。しかし、その美しい見た目と丈夫な仕上がりを併せ持つことから、積み重ねられた長い歴史があります。ぜひこの機会に漆器を使用してみてはいかがでしょう。