未来に受け継がれるべき日本の農業のカタチ「世界農業遺産」とは

未来に受け継がれるべき日本の農業のカタチ「世界農業遺産」とは

古来より変わることなく続けられてきた農林水産業が、「世界農業遺産」として世界から注目されるようになりました。認定された地域の詳細を紹介しながら、日本における農林水産業の現状と守るべき課題を解説していきます。

世界農業遺産(GIAHS=ジアス)の制度で衰退する農業を守る

世界農業遺産(GIAHS=ジアス)の制度で衰退する農業を守る

世界農業遺産は、2002年に国連食糧農業機関(FAO)が創設した制度です。世界各地の伝統的な農林水産業の方法と、それにより維持されてきた土地・自然・技術や文化風習などを総合的に捉え、次の世代に継承していくことをコンセプトとしています。

そのなかでも世界的に重要とされる地域が世界農業遺産と認定され、地域に根付いた独自の方法や技術・文化を守り、大切な遺産として継承していくことに重点が置かれています。

世界農業遺産認定地域

2017年までに世界農業遺産に認定された地域は19カ国45地域。日本でもその独自の農林水産業が認められ、全国11地域が世界農業遺産として認定されました。どのような国と地域が認定されているのか、その一部を紹介します。

モロッコのアトラス山脈のオアシス

新石器時代にアトラス山脈に定着したと言われるベルベル人が生み出した灌漑農業(かんがいのうぎょう)と、牛や羊、ヤギ・ラクダの放畜で2011年に登録されました。

灌漑農業
外部から人工的に農地に水を供給して行う農業

エジプトのシワ・オアシス

古代エジプトから現代まで続いている乾燥地農業が認められ、2016年に登録されました。

バングラデシュ

洪水の多い地域で発達した浮遊農業システムが評価され、2015年に登録されました。草木を編んで畑として農業を行うこのシステムは固定の土地を必要とせず、自然と共存する人々の営みも含めて注目されています。

認定された地域に共通しているのは、「昔ながらの営み」と「変わらない技術」です。はるか昔から同じスタイルを続けていくその姿は、まさに世界農業遺産が目標とする「農業の原点」であると言えます。

世界農業遺産の認定基準

世界農業遺産には、以下の認定基準があります。

  • 食料と生計が保証されている
  • 農業と生物の多様性
  • その農業が行われている地域の伝統的な技術や知識
  • 伝統に伴う独自の文化や価値観、社会組織の構成
  • ランドスケープやシースケープが形成されているか

それぞれを見ると難しく感じるかもしれませんが、この項目を全体的に捉えると見えてくるのは「昔から変わらず続けられてきた自然と人間の生活」です。

その地域に合った方法を考え、食料を確保して生活を営み、それを崩さないための伝統や仕組みを受け継いで、長きにわたり自然と共存していくこと。世界農業遺産として認定された地域には、時代とともに忘れられてきた自然と人間の本来あるべき姿が今も息付いています。

 

新潟県佐渡市「トキと共生する佐渡の里山」

新潟県佐渡市「トキと共生する佐渡の里山」

世界農業遺産に認定された日本の各地域には、一体どのような農業システムや文化・自然の営みがあるのでしょうか。その例を紹介しながら、改めて日本の農業文化と昔ながらの生活を再確認してみましょう。

2011年に世界農業遺産として認定された新潟県佐渡市。島としては珍しく高い山脈を持ちます。山や森などの豊かな自然からもたらされる恵みは、絶滅の危機にあるトキをはじめとしたさまざまな生物を育んできました。

また、江戸時代初期に金山が発見されて江戸幕府直轄となった佐渡には多くの人が訪れ、流入してきた人の食をまかなうために農林水産業が盛んになります。

山の斜面を切り開いて作られた棚田、水田に水を引くために開発された「水上輪(すいじょうりん)」と呼ばれる技術、島外から訪れる人が持ち込み独自の発展を遂げて今でも受け継がれている伝統芸能。

時代が移り金の産出量が減って衰退していった後もこのような文化や豊かな自然は残り、佐渡は「トキを始めとした豊かな生物とそれを育む里山のあるまち」として世界農業遺産に認定され、再び脚光を浴びることになったのです。

佐渡と朱鷺(トキ)の歴史

そもそもトキは、北海道の南部から沖縄にいたるまで広範囲に生息していました。しかし、乱獲や開発による自然破壊でその数は激減。最終的な生息地として残ったのが佐渡だったのです。

昔から変わらない豊かな自然を保持していた佐渡では、佐渡トキ保護センターや佐渡トキ野生復帰ステーションなどの施設を開設。さらに、トキの野生復帰を前提とした環境作りに乗り出しました。トキの餌となるのは、水田に生息しているドジョウなどの生物です。

この餌場となる水田を作り上げるために着目されたのが、佐渡に残る昔からの農業システムでした。

環境に配慮した稲作を進めていくなかで、ビオトープや水田魚道(水田における魚の通り道を妨げない仕組み)を作ったり、冬場でも水田に水を入れる「冬みずたんぼ」を行ったりと、佐渡とトキの共生を目指す取り組みは今も続いています。

食べることでトキを守る「朱鷺と暮らす郷」とは

トキの餌場作りを目的とした環境で育てられた米は、「朱鷺と暮らす郷」という名称で販売されています。環境に配慮された水田で収穫した米は、安全・安心に関心の高い消費者の支持を受け、佐渡が生み出したブランド米として高い評価を得ています。

「朱鷺と暮らす郷」で得られた収益金の一部は、トキの保全活動資金として充てられます。命を守り、育み、いただく。そして、いただいたお金がトキと佐渡の人との共生を継続させていくのです。命が巡る理想的な農業の展開と持続が望まれます。

 

大分県国東半島宇佐地域「国東半島・宇佐の農林水産循環」

大分県国東半島宇佐地域「国東半島・宇佐の農林水産循環」

年間降水量が少ない大分県国東半島の宇佐地域。安定した農業用水を確保するために生み出された宇佐地域の用水供給システムは、どのようなものなのでしょうか。

クヌギ林とため池が繋ぐ国東半島(くにさきはんとう)

大分県のクヌギの量は全国規模で見ても約22%という高い割合を占めています。そのなかでも国東半島の宇佐地域は、森林全体の約11%がクヌギ林という非常に高い割合で、この地域の人々はクヌギとそれに関わるさまざまな自然の恵みを受け取りながら生活してきました。

クヌギの木は、明治以降「しいたけ栽培」のために植林されたものです。それ以前の国東半島は水不足に悩まされることが多々あり、人々は森のなかに千を超えるため池を作って「水引きさん」と呼ばれる番人を置き、それぞれの集落に平等に水が行き渡るようにしていました。

クヌギにより水を蓄える能力が格段に上がった森は、ミネラルの豊富な土壌とたっぷりな水分で人だけではなく多種多様な生物を育むようになります。国の天然記念物であるオオサンショウウオやカブトガニの貴重な生息地であることが、クヌギ林の豊かさを物語っています。

宇佐地域には宇佐八幡宮と深く関わってきた天台宗寺院群が多数存在し、農業に関係した特徴のある祭礼が大切に行われています。

「武蔵(むさし)」「来縄(くなわ)」「国東(くにさき)」「田染(たしぶ)」「安岐(あき)」「伊美(いみ)」と呼ばれる6つの郷は、「六郷満山(ろくごうまんざん)」として今もその名を残し、一千年以上前の荘園から始まった村や耕地の基本形態が損なわれることなく継続していることを高く評価され、2010年には「田染荘小崎の農村景観」が国の重要文化景観に選ばれました。

地域ブランド「シチトウイ」唯一の産地としての振興を図る

「シチトウイ」とは、琉球畳の表に使われているイグサの一種です。大分県では古くからこのシチトウイの生産が行われ、名産品として長く出荷されてきました。しかし、畳の需要が減ったことや生産者の高齢化などが原因となり、その生産量は激減。生産者数も10人を切るようになり年間で3500枚しか出荷することができず、産地消滅の危機を迎えることになります。

この名産品の危機に対して立ち上がったのが「七草イ振興会」です。琉球畳が注目を集めていることや国内産にこだわる人からの需要が高まったことを受け、名産品として後世にシチトウイとその生産者を残していくために、さまざまな取り組みを行っています。

 

昔から当たり前に営まれていた生活が遺産として注目を集めている現代社会。世界的に注目される世界農業遺産は、古い時代を見直し、そのなかから新しい知識を得るという「温故知新」の精神のように感じます。