この記事の目次
森林浴の効果1:豊かな自然と空気でリラックス
森林浴とは
森林浴という言葉は温泉浴から造られた造語で、1982年ごろから広く使われるようになりました。森林浴のモデルとなったのはドイツで行われていた「地形療法」で、これをヒントに、日本では森林の中でのさまざまなレクリエーション活動を森林浴と呼ぶようになりました。
森林浴が私たち人間に与えてくれる効果は、生命体としての人間が持つ五感(触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚)の回復です。これらを刺激することによって人工的な空間で長時間を過ごす現代人の心身のリフレッシュを図り、ストレスから解放されることを目的としています。
フィトンチッドによる爽やかな空気
森林は、目に優しい緑と吹き渡る風・さわやかな空気に満ちています。また、植物が作り出す新鮮な酸素やさまざまな揮発性の物質が存在し、これらの全体が私たち人間にリラックス効果をもたらしてくれます。
例えば、森林浴を行うことで森林が放出する成分を直接吸収する物理的な効果の代表にフィトンチッドがあります。フィトンチッドは植物の根と幹に含まれており、樹木では主に葉から放出されています。殺菌作用以外にも消臭効果や脱臭効果、さらには空気を清浄にする効果もあり、森林に行くと空気が爽やかに感じられるのは、このフィトンチッドが充満しているからという理由もあるでしょう。
マイナスイオンの効果は定義も含めて定まらず
マイナスイオンは1990年代に注目され、これを出すとされる商品が多く発売されたために広く認知されました。
一般的には「空気中の原子や分子が電子を帯びてマイナスに帯電したもの」とされていますが、マイナスのイオンであれば「陰イオン」というものがあります。
しかし、マイナスイオンと呼ばれているものが何を指しているのかは曖昧で、はっきりとした定義はされていません。定義されていないために測定もできず、したがって何に効果があるのかも分かっていません。また、プラズマクラスターなどのマイナスイオン発生機によるものと森林のそれとは原理的に全く別物になります。
マイナスイオンとはいったい何?本当に効果はあるの?
森林浴の効果2:免疫力の向上
森林浴から一ヵ月が経っても高い水準を維持
森林浴による効果として明らかになってきたのが、免疫力の向上です。
人間の免疫反応には体液性免疫と細胞性免疫という2種類がありますが、森林浴で活性化されるのは「T細胞」や「NK細胞」による免疫反応である細胞性免疫です。
NK細胞は、腫瘍細胞の発生と増殖の抑制や感染症の防止など、体の免疫機能としての重要な働きを担っていますが、ストレスが高まるとその活性力は低下してしまいます。ストレスの多い都会の生活ではなおさらです。
しかし、NK活性が低下した状態で森林浴を行うとNK活性が回復する効果があることが実験によって明らかになりました。森林浴によってNK細胞内の抗がんタンパク質が増加することが判明したのです。
また、NK活性上昇の持続効果を測ることで森林浴の効果がどのくらい持続するか調べたところ、森林浴から一ヵ月が経過しても、NK活性・NK細胞数は森林浴前よりも高い状態でした。つまり、月に一度でも森林浴をすれば、免疫機能を高めた状態を維持できることになるのです。
なお、都道府県別の森林率(土地の面積に占める森林の割合)と、がんの標準化死亡比(がんによる死亡率が高いか低いかを数値化したもの)の関係を調べた研究では、森林率が高いほどがんの死亡率が低いという結果もあります。森林はがんによる死亡を減少させている可能性もあるのです。
日光もビタミンDの生成を促進
森林の間から入る木漏れ日はなんとも言えない美しさがありますね。それだけでなく、森林浴をしていると日光による効果にも期待ができます。
日光は、紫外線によって皮膚がんのリスクを高めるといったマイナスイメージも強く、とにかく日に当たらないように気を付けている方も多いでしょう。しかし、屋内にばかりいるとビタミンDが不足しがちになります。ビタミンDは、身体の皮膚が太陽光に含まれる紫外線B波にさらされた時に作られるためです。
ビタミンDが骨の健康のために重要であることはよく知られていますが、高血圧や糖尿病、がん、心臓発作や脳卒中の予防、さらには脳や心の健康にも寄与していることが分かってきました。
脳に関しては、高齢者のビタミンDの数値が低下すると脳の認知機能に障害が生じやすくなることも判明しました。日光浴によるビタミンDの形成が認知症の発症リスクに関係している可能性があるのです。
森林浴の効果3:ストレスの解消
脳の活動を低下させて落ち着かせる
植物が出す香り成分(フィトンチッドなど)には、気分を集中させたり脳の活動を低下させて鎮静させたりする効果があります。森林を歩くことによって神経を落ち着かせ、ストレス解消効果を得られることも分かっています。
人がどの程度のストレスを抱えているかは、ストレスホルモンであるコルチゾールの濃度を測ることで分かります。コルチゾールの濃度が高いほどストレスが高い状態とされ、このままの状態でいると、心疾患や脳梗塞のリスクが増えたり、感染症にかかりやすくなったりと、身体の免疫系に異常をきたす恐れもあります。
森林を散策する前後でコルチゾールの濃度を測定したところ、散策後は明らかに散策前よりも濃度の低下が認められ、その効果は翌日まで持続することが分かりました。森林浴にストレスを減らす効果があると科学的に証明されたのです。
森林内で身体を動かして五感を刺激することで自律神経系と内分泌系が刺激され、崩れた身体のバランスも整えられます。免疫機能を高めることもでき、かつ、心理的不快感が取り除かれてストレス解消にもなり、心身ともに活力を取り戻せるのです。
身体のメンテナンスのためにも、月に一度は森林に出かけて身体を動かす森林浴を行うと良いでしょう。
脳に心地よいゆらぎ
晴れた日に森林を歩くと、吹き渡る風を感じるとともに風に枝や葉が揺らされてカサカサという音がしたり木漏れ日が揺れ動いたりしますが、これには特有のリズムがあります。そして、そのリズムの周期性は一定ではなく、大きくなったり小さくなったりする「ゆらぎ」を持っています。
このゆらぎは「不規則な変動」とも言い換えることができます。変動の周波数(1秒間に何回繰り返すか)を測ると、人が心地良いと感じるゆらぎには一定の規則性が見られ、この規則性を周波数fの関数として表すと1/fの形となることから「1/fゆらぎ」と呼ばれています。
しかし、その反対、すなわち心地悪いという状態は、生命体である人間にとっての危険シグナルとなります。
ゆらぎが1/fから外れると、私たちの脳が不快感を感じます。例えば、今までのそよ風が急に強い風に変化する時、私たちは天候の急変を感じ取ります。このような変化が生じた時は、ゆらぎも1/fから変化しています。生命の危険から自らを守るために、私たちの脳が1/fゆらぎに反応する仕組みを持っているのです。
自然界には1/fゆらぎが満ちています。しかし、人工的な空間ではこのようなゆらぎは起こりません。このことが私たちにとってストレスの要因の一つとなっているとも考えられるでしょう。
森林浴のためだけでなく……保全のための取り組み
森林の減少による影響
森林は、森林浴の形で私たちに多くの効果をもたらしてくれる可能性がありますが、世界的に見ると森林は急速にその面積を減らしています。森林の減少によってどのようなことが起こるのでしょうか。
生物多様性の低下
森林は生物多様性の宝庫です。数多くの植物が生育していることから、それらを餌にしたり、あるいは住みかとする多くの動物が生息しています。陸地に生息・生育する動植物のうち3分の2は森林に見られるという説もあるほどです。
その森林が減少すると、複雑なバランスで成り立っている生物多様性が崩れ、生物の大量絶滅が生じる恐れがあります。
さまざまな国や地域で行われる生物多様性保全への取り組み二酸化炭素吸収源の喪失
森林は光合成を行うことで大気中の二酸化炭素を吸収して、酸素を放出しています。私たち人間を含む動物は、その大半が酸素を吸って二酸化炭素を排出しています。
そのため、森林が減少すると二酸化炭素の吸収力が低下し、酸素の供給が減ります。また、二酸化炭素のさらなる増加によって地球温暖化が加速することも懸念されています。
表土流出と砂漠化
森林が伐採によって失われると、表土が露出します。すると、森林があったときには樹木の根によって保たれていた土壌が雨などによって流出し、土砂災害を引き起こす恐れがあります。
また、表土が流出してしまうと植物が育ちにくくなるため、場合によっては再び森林に戻ることはなく砂漠化してしまうケースもあるのです。
水不足
森林は、降った雨を枝葉や根、落ち葉が受け止めて、徐々に流す働きを持っています。そのため、森林に覆われた山は雨が降らない日が続いたとしても、保水機能によって川には水が流れ続けています。
森林がない場所では降った雨がすぐに流出してしまうため、やがて水がなくなり、川は干上がってしまいます。森林の減少が水不足を引き起こすのです。
森林を守り育てるための取り組み
森林を守り育てるための取り組みが世界各地で行われています。
植林
文字どおり木を植えて森林を作ることです。こう聞くと簡単に思えるかもしれませんが、木が育つまでには時間がかかるため、非常に大変な作業になります。
苗木を育てる作業一つとっても、
- 植える木がその場所でちゃんと育つかどうかの事前調査を行う
- 木を植えるための場所を整える
- 枯れてしまわないように水をやる
- 周辺の草に覆われてしまわないように下刈りをする
など、ある程度育つまでには、何年もの時間と多大な労力が必要なのです。
アグロフォレストリー
「アグロフォレストリー」は「森林農法」とも呼ばれる、木を植えるのと同時に農作物の栽培や家畜の飼育を行う手法です。ただし、アグロフォレストリーを採用して森林を再生するには、その地域と樹種に適した方法を開発しながら進める必要があるでしょう。
持続可能な森林経営を推進するために
伝統的に木材を多用する日本は、国内で使用する木材の約8割を海外から輸入する世界有数の木材輸入国です。そのような国の責任として、木材を輸出する国における森林の減少を防ぐ取り組み、特に持続可能な森林経営への取り組みを支援していく必要があるでしょう。
木材を使う私たちの立場からできることは、持続可能な森林経営が行われている森林で生産された木材を使用し、違法に伐採された木材は使用しないことです。
合法で持続可能な森林で生産されたことを証明する「森林認証」という制度があります。その森林の経営と維持管理がどのように行われているのかを第三者機関が認証し、そこで生産された木材などの製品に認証マークが付けられます。
審査は厳正なルールに基づいて実施され、認証が発行された後も定期的に監査が行われるため、継続的な取り組みが行われる仕組みとなっています。
日本国内で使われている主な森林認証は以下の3つです。
- FSC(Forest Stewardship Council):WWF(世界自然保護基金)を中心として1993年に発足。世界的規模で森林認証を実施しています。
- PEFC(Programme for the Endorsement of Forest Certification schemes):欧州各国の森林認証を相互認証する仕組みとして1999年に発足。カナダ・米国の認証も加盟しています。
- SGEC(Sustainable Green Ecosystem Council:緑の循環認証会議):日本独自の制度として、日本の林業団体や環境NGOにより2003年に発足。
コピー用紙やノート・割り箸・家具・建材といった製品にも認証を取得していることを示すマークが付いています。これらの製品を選ぶことによって、合法で持続可能な森林を守ることに参加できるのです。
私たち人間は、森林から資源や環境・健康など多くの恩恵を受けています。しかし、その森林は当たり前のように存在しているのではありません。森林浴を楽しむとともに、森林について知り、考え、私たちができるところから森林を守り育てる取り組みに参加してみましょう。