歴史ある日本の伝統工芸国内外から絶賛される伝統工芸品「薩摩焼」の特徴と歴史

国内外から絶賛される伝統工芸品「薩摩焼」の特徴と歴史

薩摩焼といって思い浮かべるのはどのような陶器でしょう。ある人は白、またある人は黒かもしれません。系統が多く、それぞれ異なる特色を持つ薩摩焼が誕生するきっかけとなる出来事や、系統が分けられた理由について紹介します。

鹿児島の伝統工芸品「薩摩焼」

鹿児島の伝統工芸品「薩摩焼」

薩摩焼は、鹿児島県特有の豊かな気候と自然に育まれ陶工の手によって独自の発展を遂げた400年以上もの長い歴史を持つ伝統工芸品で、その起源は戦国時代にまでさかのぼります。

薩摩焼の起源

薩摩藩17代藩主であった島津義弘公が、1592年(文禄元年)から1598年(慶長3年)まで二度にわたって行われた文禄慶長の役に出兵。その際、朝鮮から80人以上もの陶工を連れ帰ります。

朴平意(ぼくへいい)を中心とした朝鮮の陶工は1599年(慶長4年)、串木野に築窯。それ以降、薩摩の各地で築かれた窯ではさまざまな焼き物が焼かれるようになったのです。

二つの薩摩焼

薩摩焼は製品の分類によって、

  • 白もんと呼ばれる白薩摩
  • 黒もんと呼ばれる黒薩摩

の二つに分けることができます。

白薩摩(白もん)

原料は白陶土。丁寧な作りの素地には透明な釉(うわぐすり)がかけられ、焼き上がると貫入(かんにゅう)が見られます。さらにその上から、華美な装飾絵付けが施されることもあります。

薩摩で焼き物が始まった当初、白陶土は朝鮮から陶工が持参していたものを使用していたため大変貴重なもので、島津家や藩でしか使用することが許されていませんでした。

しかし、藩は京に職人を向かわせて色絵の技法を学ばせるなど振興に努めたことで、多くの人から高い評価を得ることとなります。

焼き物の表面にかけられる薬のことで、色を付けたり光沢を出したりするほか、割れないようコーティングする効果がある
貫入
陶磁器の表面にできる細かいひび模様のこと

黒薩摩(黒もん)

原料は地元・鹿児島の鉄分を多く含む土。鉄分が多いため、高温で焼くと真っ黒になります。また、釉も色が付いたものが使用されます。

素朴で頑丈なことが人気を呼び、古くから日用品として使われており、鉢や徳利・すり鉢など、生活に密着した食器が多いことも特徴です。

黒薩摩を代表的する土瓶「黒茶家(くろじょか)」は、焼酎を飲む際には欠かせないと言われる器。胴が薄い円形に張った、そろばん玉とも言われる独特な形をしていますが、昭和に入るまでは丸い形をしていました。

薩摩焼の5つの系統

薩摩焼の特徴として挙げられるのが、種類の多さ。日置市・姶良市・鹿児島市など、鹿児島県各地で作られたことから、それぞれ粘土や釉・焼き方・模様が地域によって異なり、

  • 苗代川(なえしろがわ)系
  • 堅野(たての)系
  • 元立院(げんりゅういん)系
  • 竜門司(りゅうもんじ)系
  • 平佐(ひらさ)系

と、大きく5系統に分けられます。

MEMO
種子島系を加え、6系統に分ける場合もあります。

苗代川系

串木野市(現在のいちき串木野市)に串木野窯(くしきのかま)を開いた朴平意が苗代川(現在の日置市東市来町)に移住し築窯。その地の名をそのまま用いて苗代川焼と呼ばれるようになります。

もともと黒もん用の土や朝鮮から持参した白土を使って焼き物作りをしていましたが、1782年(天明2年)に国内で白陶土が見つかったことで白薩摩の製作を開始。1844年(天保15年)には錦手金襴手(きんらんで)の産地として全国に知られるようになりました。

錦手
赤・青・黄・緑などさまざまな色合いの上絵が施された陶磁器のこと
金襴手
色彩豊かな錦手に、さらに金彩を施したもの

堅野系

1601年(慶長6年)、陶工である金海(星山仲次)が現在の姶良郡姶良町である帖佐(ちょうさ)に開窯。開窯初期に作られていた竪野系は古薩摩と呼ばれており、白薩摩の起源になったとも言われています。

白陶土を使った作品が多く、また、藩の庇護を受けていたため、献上用の茶碗・茶入れなど白薩摩が多く作られています。

明治維新以降、一時期その歴史は途絶えてしまったものの、竪野系の絵師「有山長太郎」によって1899年(明治32年)に再興。今なおその技術は引き継がれています。

元立院系

1663年(寛文3年)、修験者である小野元立が築窯。西餅田(にしもちだ)系とも呼ばれます。蛇蝎釉(じゃかつゆう)を厚くかけることで生まれる独特な焼き物が多く、焼かれることで黒釉がちぢれる黒蛇蝎釉が有名です。

しかし、1746年(延享3年)に元立院窯の陶工がこぞって龍門司系へと移ったことで廃窯となり、元立院系はその歴史を終えました。

蛇蝎釉
蛇や蝎(さそり)の肌感を再現するために用いられる釉のこと

龍門司系

1608年(慶長13年)、朝鮮陶工・山元碗右エ門により開窯されました。

  • 黒釉
  • 青釉
  • 三彩釉
  • 鉄砂釉
  • 鮫肌釉

など多くの釉を使った多種多様な作品は黒薩摩のなかでも有名で、美しい姿の使いやすい日用品が多く焼かれています。

平佐系

1776年(安永5年)、天草石を購入した川内平佐の今井儀右衛門が染付白磁を焼いたことが始まりです。また、伊地知団右衛門が平佐皿山に釜を築き、1848年(嘉永元年)には「平佐べっ甲」を誕生させています。

薩摩焼の伝統と歴史

時代とともに系譜が少なくなり、現在まで続いているのは、

  • 苗代川系
  • 竪野系
  • 龍門司系

のみ。現在も続く3系統は、伝統を守りながらも新しい技法を学び、取り入れていることが特徴です。

歴史と文化を持つ薩摩焼を守り、次世代までつなげようと1997年には県内65の窯元が参加し、鹿児島県陶業協同組合を設立。イベント開催などさまざまな活動を行い、薩摩焼の魅力を発信しています。2002年には国から「伝統的工芸品」の認定を受けました。

2013年、鹿児島県薩摩焼協同組合に名称変更した協会は、今なお精力的に活動を続けています。

 

薩摩焼ができるまで

薩摩焼ができるまで

薩摩焼はどのようにして作られているのでしょうか。

製作工程

  • 手順1
    土作り
    成形しやすくするために数種の陶土を砕き混ぜ合わせる工程
  • 手順2
    水簸(すいひ)
    こねた土を水に溶かし、沈殿した砂利・粗粒を集めて取り出す工程。表面をなめらかにする作業で、白薩摩のみで行われる
  • 手順3
    成形
    ロクロ・タタキ・鋳込(いこみ)で成形する。窯により成形方法が異なる
  • 手順4
    成形の仕上げ
    少々乾燥させ、成形の仕上げを行う。黒薩摩はこの段階で彫りを入れる場合がある
  • 手順5
    乾燥
    素焼きを行う前に、天日乾燥または熱風乾燥を行う
  • 手順6
    素焼き
    750度~850度で15時間~16時間かけて焼く
  • 手順7
    焼いたものの表面をなめらかにして、浸掛・流し掛の手法で釉をかける。この際、黒薩摩には数種の釉がかけられる
  • 手順8
    本焼き
    1250度前後で12時間以上かけて焼成。酸素を含んだ「酸化炎」と酸素を欠乏させる「還元炎」の二つの方法があり、焼き物の種類によって焼成方法が変わる
  • 手順9
    上絵付・金細工
    焼き上がった白薩摩に装飾を施す作業。彩色した場合は720度~800度で焼き付け。金描きや金盛りの場合は600度~680度で金焼きする

 

薩摩焼の新しいカタチ「薩摩ボタン」

薩摩焼の新しいカタチ「薩摩ボタン」

薩摩ボタンとは

人々が日常的に着物を身に着けていた江戸時代、西洋のボタンに金や鮮やかな絵の具で日本を描いた薩摩ボタンは誕生しました。

江戸時代末期、倒幕運動の資金を作るため、薩摩焼の技術を用いた薩摩ボタンが作成され海外へ輸出。花鳥風月をはじめ、日本の生活や文化を描いたボタンは人気を博しました。

小さなボタンに細かな絵付けを施す難しい技法ということもあり、一時窯元は減少。制作者もいなくなり幻のボタンと呼ばれるようになりましたが、2005年、大野原にアトリエを構える室田志保によって見事復活を遂げます。

特徴

薩摩ボタンの特徴として

  • 細かな線で色鮮やかに絵が付けられている
  • 細かなヒビ・貫入がある

などが挙げられます。

輸出用に作られたということもあり、藤の花や紅葉・雀・七福神や着物姿の女性なども描かれました。

当時、ヨーロッパではジャポニズムへの関心が高く、和と洋を融合させた斬新でおしゃれなボタンは「SATSUMA」と呼ばれ、多くの人を魅了しました。

復活した薩摩ボタン

薩摩焼の窯元で働いていた室田志保が構えた「絵付ヶ舎・薩摩志史(さつましし)」では、伝統の絵柄だけでなく、現代文化を取り入れたデザインを持つ薩摩ボタンも数多く誕生しています。

  • 「おめでたい」にかけた鯛の絵
  • 桃の節句の雛人形
  • 端午の節句の兜
  • 和のデザインでクリスマスを描いたもの

など、見ているだけで楽しめるものばかり。薩摩ボタンを指輪にした商品も扱っています。

 

いかがでしたか。同じ県内にありながら多くの系統を持つ薩摩焼。異なる陶土・技法で作られている焼き物ですが、起源はみな同じものです。それぞれの系統で挑戦し発展を遂げた焼き物を、ぜひ手に取り触れてみてください。