平戸焼とも呼ばれる日本磁器「三川内焼」の海外を魅了する匠の技

平戸焼とも呼ばれる日本磁器「三川内焼」の海外を魅了する匠の技
軍港の町、長崎県佐世保市の三川内地区で製造される三川内焼は、旧平戸藩御用達として幕府や朝廷への献上品として製造されてきました。また、早くから海外に向けて輸出を行ったことで海外貴族に愛された優美で上品な磁器としても知られています。今回は、長崎県が誇る磁器、三川内焼きの歴史とその魅力を紹介します。

長崎で生産される伝統工芸品「三川内焼」

「三川内焼」は、軍港としても知られる長崎県北部の海沿いにある町、佐世保市の三川内で生産されている磁器のことで「平戸焼」とも呼ばれています。長崎県を代表する伝統工芸として、波佐見焼・長崎べっ甲とともに経済産業大臣指定伝統的工芸品に認定されています。

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三川内焼の起源

三川内焼の始まりは、戦国時代末期の豊臣秀吉が行った朝鮮出兵の時代にさかのぼります。

1598年、現在の九州北部地域にあたる肥前国平戸藩の26代藩主「松浦鎮信(しげのぶ)」は、自国の産業の発展を狙い、当時すでに焼き物の先進地であった朝鮮から「巨関(こせき)」という陶工を連れて帰ります。

巨関は、藩主の命を受けて平戸島の中野で窯入れを行い、そこで焼き上げられた物が三川内焼の始まりと言われています。

しかし、中野地域では白磁の焼き物作りに適した良い陶石がなかったため、巨関は平戸藩の領内で良質な陶石を求めて佐世保の三川内へと向かいました。

その後、1630年に松浦隆信は巨関の息子である「今村三之丞(さんのじょう)」に三川内で藩のための窯を開くことを命じ、三川内の地に製陶所を作らせます。

開窯後しばらくは陶器を焼いていましたが、白磁鉱を発見し、有田から磁器生産の技術が入ったこともあり磁器作りへと転換します。

また、三川内焼の窯元を持つ平戸藩は、南蛮交易が盛んであったことから海外への販路拡大に目を向けて輸出用の陶磁器の開発を行います。1804年にはオランダや中国への輸出が進められ、三川内焼は海外の王侯貴族らに愛用されるようになりました。

江戸時代が終わると、平戸藩の御用達窯であった三川内焼は藩の奨励を受けられなくなり一時は存亡の危機にひんすることとなりましたが、豊島政治が再建に乗り出し販路拡張と意匠伝習所を創設したことで優れた技術が継承されることになり、現代に続いています。

三川内焼の特徴

三川内焼は薄手で非常にきめが細かく、白さが際立った白磁の美しさや白磁に映える繊細で優美な染め付け、透かし彫りなどの細工物が特徴的です。

また、松の木の下で蝶とたわむれる中国の子どもを描いた「唐子絵」と呼ばれる図柄は、三川内焼独自のものです。

平戸藩の御用窯や将軍家の献上品、海外貴族への輸出品として技術レベルの高い作品が作られ続けてきたことから、三川内焼は「繊細で精巧緻密な職人技と優雅で気品のただよう姿を持ち合わせている」と高く評価されています。

三川内焼を支える匠の技術

三川内焼は、匠の技術により以下の工程を一つずつ丁寧に行いながら製造されています。

砕石

三川内焼の原料は熊本県天草で採取された天草陶石。その原石を白い粉になるまで細かく砕いて原料とします。

沈殿

白い粉になった砕石を水槽に浸して荒い粒子を沈殿させて取り除き、陶土を作ります。

成形

ろくろを回しながら手で形を作る、または石膏型に粘土を流し込む鋳込みの技法などで形を作ります。

乾燥

天日に当てて乾燥させ、器の表面に削り仕上げをして滑らかにします。

素焼き

低温で適度な硬さになるよう素焼きを行います。

下絵付け~施釉

呉須の絵具を使用して絵付けをし、釉薬をかけます。

本焼成

1300度で本焼きを行い、じっくり時間をかけて冷まします。

上絵付

作品によっては焼き上がった器の上から赤や黄色の上色絵付けを行い、上絵焼成により色を定着させて完成となります。

 

三川内焼を作り続ける窯元一覧

三川内焼を作り続ける窯元一覧
(写真:photoAC)

佐世保市東部に位置する三川内地区には、400年の伝統を受け継ぐやきものの里として焼き物に関わる数多くの名所が点在しており、現在では16の窯元が三川内焼を製造しています。

伝統を受け継ぎながらも現代的な感覚を取り入れた個性豊かな焼き物作りを行っている窯元について、その一部を紹介します。

平戸嘉久正窯

「平戸嘉久正窯」は、平戸藩御用窯を創設した中里茂ヱ門を租とする由緒ある窯元で、その歴史は400年にもなり、三川内焼のなかで代表的な手描きの染め付けの技法を継承した作品作りに最も力を入れています。

三川内焼 菊花長皿

「菊花長皿」は、純白のなかに落ちる陰影の美しさが特徴。江戸時代に作られた作品を現代に復刻した器で、クラシックでありながら現代の食卓にも合う優美な曲線と白い磁肌からは、品格と気品を感じることができます。

平戸藤祥 五光窯

「平戸藤祥 五光窯」は、平戸藩御用窯創設時の一人として1937年に初代当主が拝命参加した際に始まり、藩御用窯としての磁器製作や西洋への輸出作品など、さまざまな三川内焼の歴史に名を刻む伝統ある窯元です。

歴史を踏襲しながら、さらに格調高い磁器作りに挑戦し続け、三川内焼の枠を超えた窯変や結晶釉などの新しい技法にも取り組んでいます。

なかでも三川内焼独特の「卵殻手」と呼ばれる極薄手の磁器製造には定評があります。

五光窯 亀山龍 大盃

「五光窯 亀山龍 大盃」は、美しい白磁に青い御須で天に昇るかのような躍動感あふれる龍が描かれた大盃です。直径11cmの大きな盃のため、小鉢や絵皿としても楽しむことができます。

平戸洸祥団右ヱ門窯

「平戸洸祥団右ヱ門窯(ひらどこうしょうだんうえもん)」も、平戸藩御用窯創立時の陶工の直系にあたる長い歴史を持つ窯元です。

天草陶石を使用した白磁の染め付けを中心に、菊花細工などの装飾品のほか日用食器の制作まで、伝統を守りながら現代の暮らしに馴染む器作りに取り組んでいます。

三川内焼 菊飾丸杯 酒器

「三川内焼 菊飾丸杯」は、一つひとつ手作業で丁寧に作られた酒器で、中央に浮き出た菊を磁器で表現していることが特徴的です。

この高い技術は平戸洸祥団右ヱ門窯しかできないと言われており、綺麗に浮き上がった菊の花びらは、まるで本物の菊が水辺に浮かんでいるかのようです。

 

毎年5月に開催される「三川内焼窯元はまぜん祭り」

毎年5月に開催される「三川内焼窯元はまぜん祭り」
(写真:photoAC)

三川内焼窯元はまぜん祭りとは

「三川内焼窯元はまぜん祭り」は、毎年5月1日~5日に開催される陶器のお祭りで、三川内皿山の風情ある街並みを味わいながら窯元巡りを楽しむことができます。

「はまぜん」とは、陶磁器が焼かれる際に使われる、陶磁器で作られた使い捨ての焼き台のこと。作品として日の目を見ることがないはまぜんに感謝と供養の意味を込めて、祭り初日に陶租神社ではまぜん供養の神事を行います。

主な催事内容

三川内焼窯元はまぜん祭りでは、はまぜん会の窯元が製作したプチ器・豆皿展という直径11cmの豆皿の展示販売や、窯元自慢の作品を手ごろな値段で購入することができる三川内焼オークションが行われます。

また、古い窯場を利用した期間限定の休憩スペースで三川内焼の器を使ったスイーツやコーヒーを楽しめる催しもあり、例年3万人以上の人でにぎわいます。

 

戦国時代に始まり、平戸藩の奨励を受けながら技術力を高め、朝廷・幕府への献上品や海外貴族の調度品として愛されてきた優美で上品な磁器の三川内焼は、その匠の技術を継承しながら現代の暮らしに馴染む器作りに取り組むことで、これからもますますの発展を続けていくことでしょう。

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